平成29年渋谷幕張中学校社会②より 貨幣問題⑱ 明治政府の通貨政策
どうも。歴旅です。今日もぶらりと歴史旅。中学受験、御三家の社会を楽しく学びましょう。
江戸時代もなかなか深いですね。デリバティブなんて大学生以上のレベルの話です。話が抽象的でかなり難しくなってきています。
さて、明治時代スタートです。幕末の志士達は一部イギリスにわたり、欧米列強からいろいろと「学んできます」。
問題です。不換紙幣とは何でしょうか。
■明治政府の通貨政策
さて、明治政府の金融政策ってどんなものだったんでしょうか?
一両、一文単位が一圓、一銭になっていきます。
素材は金銀から紙きれへ。この転換は大きい。
本当にこのお金、大丈夫なんだろうか?売買流通のやり取りは楽になったと思います。でも本当に価値があるんでしょうか?家にゴールドが置いてあるのと、紙きれが置いてあるのとどちらがよいでしょうか。
江戸は火事の多い都市でした。明治になっても建物は大半木造。そこに紙幣があるというのは、もし銀行が燃えたら。。。当事者感覚で想像すると、私なら不安笑。
現代でも華僑、アラブ人が金のアクセサリーを好むのは換金性の高い身につけられる動産だからです。全部捨てて逃げなければならないような混乱=戦乱では通貨は紙切れ(ないしは大暴落)になります。
明治初期は内乱・戦争だらけの始まりでした。戊辰戦争、西南戦争、各地での士族の反乱。戦費調達の苦心とインフレによる大衆不安。順調なスタートではありませんでした。明治政府だけでなく、各藩ごとに通貨を発行していた形跡があり、戦費調達、インフレの混乱が見られます。

この時代の国立銀行の設立を見てみると、1872年国立銀行条例を公布し、欧米に習って銀行制度実施に踏み切ったことが分かります。しかし各銀行から6割の資本金を政府に預ける事、その額までしか銀行紙幣を発行できないなど高い規制がありました。国家の統制を利かせるため、という見方もできますが、「おカネがない政府にカネよこせ」とも見えます。参加したのは東京第一、横浜第二、新潟第四、大阪第五銀行の4行だけでした。1877年には西南戦争の戦費調達のため、多額の不換紙幣が発行されました。流通量が増大してインフレが起きます。致し方ないとはいえ、結構政府滅亡の危機です。明治政府は立上当初から結構前途多難でした。

答え:不換紙幣:本位貨幣と交換(兌換)が保障されていない紙幣
兌換紙幣:金や銀など価値と連動するものと交換できる紙幣
金本位制は、金と交換できました。今はできません。
さて、なぜでしょうね。。
今はデジタル通貨、NFTなど出てきて小学生でも稼いでいますが、「通貨の本質」は超重要ですね。
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