2021年駒場東邦中社会 ➆幕末問題

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次の問題は薩長と幕府の問題ですね。有名な時代だけどちゃんとわかっているか。結構細かい因果関係が聞かれています。

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ア 薩摩藩と長州藩は、ヨーロッパ勢力との貿易が行われるようになってから、一貫して貿易に反対し、行動を共にしてきた。
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間違いですね。薩長共にはじめは攘夷論でした。
外国人に神国日本の地を踏ませるな。

欧米列強に対して無鉄砲という解釈もありますが、これはこれで大変意味がありました。だっていきなり切って掛かられるんです。恐ろしいですよね。欧州は世界中を植民地化し、やりたい放題でした。現地の法律を変え裁かれないようにし、奴隷化し、収奪しまくっていた時代。現地人を殺すことはあっても殺されることはない。しかし日本ではいきなり切りかかられて殺されるんです。恐ろしい国なのでそんなに簡単に植民地化できなかったんです。
信念を以て切りかかっていたんですね。
しかし圧倒的な工業力の差で戦争するとぼろ負けします。
薩摩藩とイギリスの戦い(薩英戦争
長州VS4か国連合軍の戦い(下関戦争
結果はぼろ負け、とされますが、もともとイギリスは生麦事件から端を発したのに留学生を送ったり、明治政府と友好関係を結んだりしています。あら不思議。

この時代イギリスは世界一の海洋帝国でした。
いうことを聞いて金よこせ。大砲をぶっ放して皆殺しだぞ。という砲艦外交です。
まず勝てない。薩摩は藩主島津斉彬のおかげで日本では大砲先進国でした。しかしそれでもかなわない。海岸に大砲を並べましたがそもそも飛距離が違うので弾が届かないことが分かっていました。
そこで考えられたのが機雷、切込み作戦です。
この時代なかった機雷を開発していました。しかし火で爆破はさせられない。そのためエレキテルを使った手動起爆を考えていました。そのため恐ろしく長い水に強いコードを作る必要があったのですが、やはり技術的に難しかったようです。

次に決死の切り込み隊。ここには牢屋につかまった政治犯が選ばれました。船に乗ってもまず生きて帰ってこれない。しかし政治犯は日本を守るために外国人を斬ったりしていた人達なので処刑されるよりも本望。薩摩藩も一石二鳥。小舟で近づき、切り込むという手法でした。

これも難航し結果負けるのですが、しかしイギリスも肝を冷やします。交渉の使節を上陸させようとするのですが、首を切って送り返す予定でした。そういう殺気が伝わるのか、船から降りてきません。しぶしぶ手紙で往復書簡交渉をします。まあ進みません。

薩摩藩はこういう気概で世界最強のイギリス艦隊と対峙したんですね。
負けたとはいえあっぱれです。

この時しくじったのは徳川幕府。本来は幕府が生麦事件の対応に対峙すべきでした。しかし原因を薩摩藩に任せたのでした。これで幕府が統治できていないことが欧州列強にばれてしまったのでした。薩摩藩がフランスの万博で勝手に代表を名乗っている、など憤りましたが、こうした対応の積み重ねでもありました。