2018年開成中学校社会①より 近現代史 香港問題

どうも。歴旅です。今日もぶらりと歴史旅。中学受験、御三家の社会を楽しく学びましょう。

今日は香港がテーマです。
台湾と同じく香港もみてみましょう。台湾以前に自由を失った香港。どのような成り立ちで、どんな課題があるのでしょうか。

一番はイギリスの介在です。香港は南京条約によってイギリスに割譲されました。アヘン戦争というトラウマ。その象徴でもあります。香港は南京条約で永久割譲されていたのですが、追加条約で99年間イギリスに租借するというエリアがありました。時限立法だったんですね。それをきっかけに1997年返還することになった。イギリスは当時、まさか返還することになるとは思っていなかったでしょう。

中国共産党が勝利し、大陸全土が共産化する中で、困る人達がいました。中国国内の資産家です。もともと商売をしていてお金を持っていた富裕層。銀行家やビジネスマン、清朝役人、日本と提携していた人達。中国は基本的に商人の国です。しかし小金持ち程度も含めて、彼らはお金を持っているというだけで悪人扱いされ、赤い三角帽をかぶらされ、卵をぶつけられる存在です。後の文化大革命を見る限り、命にかかわる問題です。理由もなく財産が没収され、いわれのない密告をされ、強制収容所に入れられます。悪夢ですね。。そんな状況を嫌がった人達が大陸から逃げました。香港、そして東南アジアです。東南アジアに多くいる華僑は、古くからもいますが近くは1947年を契機に潮州、福建、など南方の人々が大量移動しています。
 香港は陸路で繋がっていたので、多くの中国人資本家が逃れました。イギリスは1950年に中華人民共和国を国家承認して国交樹立しますが、この時は主権委譲先を棚上げしたまま進めます。資本主義と大陸共産主義の冷戦構造があるので、一気には進みませんでした。大陸では1967年文化大革命があり、多くの人が香港に逃げました。彼らは香港で安価な労働力となり、香港経済を支えました。
1970年代になるとイギリスは租借の延長を求めましたが中華人民共和国は応じず。1980年代に入ると、中華人民共和国では改革開放政策が始まったため、香港の製造業が国境を越えて大陸側に進出。香港は金融、商業、観光都市として発展していきました。イギリスのサッチャー首相はこのまま支配延長を求めましたが、鄧小平は「イギリスがどうしても応じない場合は武力行使、給水停止など実力行使もあり得る」と話ました。香港、そしてシンガポールのアキレス圏は水です。他国に生命線を握られているんですね。
1984年に中英共同声明が発表されて1997年に香港の主権を中華人民共和国に委譲することが決まり、「一国両制」(資本主義を維持して社会主義政策を50年(2047年まで)実施しない約束をしました。1989年に北京で天安門事件が発生すると、不安を抱いた香港人はカナダやシドニー、シンガポール(大英連邦の国々)に移民しました。国家体制に反逆を起こす民衆は殺してでも鎮圧する。この姿勢は今でも変わりません。
 香港は名目上一国二制度の下で維持、という約束だったのですが、英語、広東語とともに普通話(標準中国語)も公用語となりました。言論の自由は有形無形の圧力で次第に言論統制が行われ、選挙には露骨な干渉が加えられ、中国共産党寄りの議員が議会に入っていきました。こうした圧力の下、2014年雨傘運動(反中デモ、反政府デモ)が起き、2019年には中国本土への「容疑者」引き渡しを可能にする法律の撤回を求めて200万人を超える反政府デモが起きました。
2020年、中国政府は香港国家安全維持法を施行して男女10名を逮捕。事実上の一国二制度は2047年より27年早く、事実上幕を閉じました。
 もともとのイギリス支配にも正義はありませんが、アジアの金融センターとして栄えた香港も、金融やビジネス、言論の自由があってこそです。この出来事は中国周辺諸国、特に台湾、日本にとっては対岸の火事ではない状況です。アヘン戦争からの明治維新のようなインパクトがありますね。2021年、コロナの裏でアジアの安全保障情勢は急変しています。