2019年渋幕中学校1次社会②より 歴史評価見直し問題⑤ 大唐帝国とシルクロード

5月 5, 2023

どうも。歴旅です。今日もぶらりと歴史旅。中学受験、御三家の社会を楽しく学びましょう。

問題です。漢民族と遊牧民族文化を混ぜた試みをなんというでしょうか。

シルクロードの世界情勢はどうだったのでしょうか。
現代でも中国はシルクロードの頃の繁栄を目指していますね。「一帯一路」構想と言います。
古代のシルクルードは純粋に他国との交易ルートを指していましたが、現在の一帯一路政策は中国資本による投資→買収→支配の流れを海外で適用していっています。スリランカでは港を作る資金を融資しましたが、返済できないとなると港を租借しました。アフリカやアジアでも政府支援で建設を行いますが、中国人労働者を派遣し現地にはお金を落とさず、事故物件を建築し、多大な負債をその国に追わせて支配を進め、他国に入り込んだ中国人はそこでチャイナタウンを形成します。周辺諸国で同じことをしているのですが、古代のシルクロードとは人・カネ・モノ・情報の物量が圧倒的に異なるからできることかもしれません。
 さて、大唐帝国は歴代中華王朝の中でも版図の大きい国でした。
 これがなぜかというと、遊牧民族王朝というのが大きいです。隋唐は鮮卑族王朝。漢民族ではないんですね。しかし遊牧民族は3代すると全て中華化します。「中華は国家概念ではなく、文化概念である」というのは押さえておいた方がよいポイントです。教育、メディア、学会を大動員し続け、中国語、漢字、漢詩、琴、二胡など音楽、食文化。これらのライフスタイルを身につけたら中国人の出来上がりです。ある意味「中華」というのはすごい概念で、100年計画で世界中のあらゆる異民族文化を中華化します。そして全部が中国だ、というのですが、中国内部ではやはり個別文化もある状態です。三国志の時代以降の南北朝時代はこの漢民族国家と遊牧民族文化が混じり合う、胡漢融合の時代でした。血で血を洗う壮絶な文化融合がこの時代にあり、それ以前の中華文化からも変化しています。元朝モンゴルの虐殺文化によっても更に変容し、今に至っています。

 さて、長安は遊牧民族の影響があってか、世界中から多様な文化を受け入れた一大国際都市でした。お寺が立ち並び、西方からのネストリウス派キリスト教(景教)、マニ教、ゾロアスター教、チベット仏教、インド仏教が入り、仏教を起点に朝鮮、日本、インドネシアからも留学僧が来ました。この時に長安に行けば多様な文化、宗教、技術に触れられる状況でした。留学僧でも長安に行った空海と最澄の差になります。
 ペルシア人、太食人(アラブ人)など中東からも人が来ていました。今のウイグル自治区も古くからアラビア文化圏で、少し前まで街もアラビア文字表記でした。中国でイスラム教徒は回族と呼ばれます。
チベットもチベット文字で別の文化圏です。
 この時代、イスラム帝国が急速に勃興していきます。タラス河畔の戦いで唐軍が使用していた紙が西方に伝わっていきました。ユーラシア大陸を二分するイスラム圏と中華圏が接点を持ち、ユーラシア全域が視野に入って来た時代です。

 答え:胡漢融合